Story
【片翼乙女】
この物語は、戦後の動乱を生き抜き
男の偏見と侮辱に屈せず
女の黒き意地を見せる、昭和の人間の生き様である
1970年、昭和45年、大阪万博、ビートルズ解散、よど号ハイジャック事件
「戦争を知らない子供達」が街中に流れた年に
夜の銀座に新しき店が出来る。クラブ「翼」…
容姿端麗のうら若きママ、前島咲は破竹の勢いで銀座に進出した経営者であった。
幾つかの店を渡り歩き、政界とも繋がりがあると言われた咲であったが
その真相を知る人物は不思議といなかった。
そして咲は、絶対に自分の過去を口にしない女だった。
「お客様…私に過去なんて無いの。あるのは、明るい未来だけだもの…ふふ…
え?私?…うん、私は悪い女かもね…でもね、卑怯なことはしない女よ…」
心なしか、憂いを帯びた表情の女に魅了されない男はいなかった。
咲の過去の中で、絶対に忘れない憎しみが、たった一つあった。
1945年8月15日、日本敗戦
記憶もままならない小さい咲は、疎開先で母親が迎えに来るのを 待っていた。
そして、母親は来なかった。咲の心の中で、何かが割れた音がした。
咲の母親、前島薫は美術大学で絵の講師をしていた。
男勝りの力強いを作品を描く薫。自分の机の上には、一人の女の絵がいつも飾ってある。
授業の終わった画廊で、薫は毎日、自画像を描く。
キャンパスには、何故か男性が描かれていた。
1970年の大学には、 まだ、燃え盛った学生運動の余韻が十分に残っていた。
薫は、過去を振り返れなった。振り返らなければ、人間失格だと 分かっていても。
芸術家として、本当の性で生きることを選んだ人生だったからだ。
そんな数奇な親子は、過去の運命によって手繰り寄せられて行く。
クラブ「翼」は、順調な経営を続けていた。しかし、それを面白くないと思う 人間に狙われ始める。
ホステスの引きぬき、いわれのない捜査、店の解約詐欺、過去の恩師のたかり
クラブ{翼}の近辺が騒がしくなった頃、一人の女がホステスの面接に来る。
その女は、薫の元で絵を学ぶ学生であった。咲の顔を見て女は
「講師の先生が書いた絵に…咲ママそっくりな絵があります」
咲はその絵を描いたのが、自分の母親ではないかと気づく。
薫は、学生から店の話を聞いて、成長した自分の娘ではないかと気づく
25年ぶりに2人は再開し、互いの境遇の思いをぶつけあう。
浮浪児として、窃盗や男を騙して生き抜いて来た咲。
自分の中の本当の性別が男であることに気づき、家族を捨てた薫。
親子は、時間を埋めあうように、互いをののしり、罵倒する。
幾多の事件に巻き込まれながら、親子は時代と性別の偏見を乗り越え
家族の再生を試みようとしていく
時代に翻弄され、片翼をもぎ取られ
生きるために悪の華を咲かせた女達の昭和が、そこにあった…